「人生格差犯罪」ではなく「欲望欠如型犯罪」 ~黒子のバスケ脅迫事件~

教育]2014年7月21日(月)

「人生格差犯罪」ではなく「欲望欠如型犯罪」 最終意見陳述

 

「黒子のバスケ」脅迫事件を起こした渡邊博史被告が、拘置所に差し入れられた本をきっかけに、自身が犯行を起こすに至った原因を突き止め、それを裁判での最終意見陳述として披瀝しました。
原稿は、5万字以上あります。以下抜粋。

 

~自分が週刊少年ジャンプを初めて購入したのは父親が他界して10年後の27歳の時でした。本屋の前に着くと「聖闘士星矢」のテレビアニメを見たいと頼んで父親に殴り飛ばされた小4の時の記憶がフラッシュバックしました。本屋の前をウロウロしながら4時間くらい逡巡した揚げ句にやっと買うことができました。~

 

~自分は両親から「生きる力」を授けてはもらえませんでした。そのせいで自分の意志を持つことができず負け組にすらなれませんでした。自分は全ての日本人から見下されてもいなければ、見えない手錠がはめられてもいませんでした。これが大いなる錯覚だったと気がついた時には、自分は留置所にいました。~

 

~日本中の前途ある少年たちが「安心」を源泉に「生きる力」を持って、自分の意志を持って、対人恐怖と対社会恐怖に囚われることなく、前向きに生きてくれることを願って終わりにしたいと思います。~

 

もちろん犯罪の責任は渡邊被告にありますが、一方で、この犯行は機能不全家族(社会)により生まれたともいえると思います。

 

私は、過去の議会において「子供たちへの学習支援」を提案した際、「塾に行けない子供たち」と「家庭の学習環境に恵まれない子供たち」を想定していました。
しかし、渡邊被告の言葉を借りれば、そのいずれもが「努力教信者」である子供たちへの支援であり、「埒外の民(=努力するという発想がなかった人間)」になってしまった子供たちへの支援は想定していませんでした。
今後の子供たちへの公的支援のあり方を考える際の、忘れてはならない視点だと思います。

 

写真は、渡邊被告が連行されたときのものです。
渡邊被告が浮かべている「無敵の人」の表情の奥にある悲しみを感じ取れる社会であって欲しいと願います。

 

《渡邊博史被告 最終意見陳述全文》
(その1)http://bit.ly/1sDYp2I
(その2)http://bit.ly/1sDYyTS
(その3)http://bit.ly/1sDYBPA
(その4)http://bit.ly/1sDYEeg
(その5)http://bit.ly/1mvOSm9
(その6)http://bit.ly/1mvPbh1

 

 

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